2018-11-12



朝、中学校の脇を歩く。

校庭のトラックを体操着で走る男子学生をみて

あの子たちはどんなことに悩んでるんだろうと考えていた。



自分が高校生のときの思い出の半分は

漠然と「悩んでいた」という記憶。

その悩みなんて言うのは特別なことではなくて、

高校生がみんな悩むようなことだったと思う。

ただ、悩むということに忙しかった。


でもよく考えてみれば、

20代なんて大半が悩んでいた。

キンモクセイの香りや、春に決まって咲く桜のように

一年の経過を思い知らせてくるようなものごとが

随分苦手だった。


去年と同じようなことで、

悩んだり、考えたりしている自分がいることに

季節は気づかせてくる。

そういう季節が憎たらしいと思っていた。



最近はどうなんだろうと考えた。

相変わらずモヤモヤすることもあるし、

変わらず呼吸をするように悩んでいる。

悩みの種は少しずつ変化したものもあれば

変わらない悩みもある。

他人と比べたり、誰かを羨んだりしているけれど

ほんとうはその先にある、理想の自分のようなものと

比べて一喜一憂(大半は一憂)しているのだと気づく。




20代の自分に距離を置いて

「ああ、あの時は大半が悩んでいた」

なんて他人事のように思うのと同じように

40代になったときに、

「30代なんて呼吸するように悩んでいた」と

今の悩みを整理してまた少しはなれたところから

自分を眺めたりする日が来るのだろう。


40代にはどんな悩みを抱いて過ごしてるんだろう。